大願成就の女神
「貴方が落としたのは金の槍ですか、それとも銀の斧ですか?」
物語でよくありそうなそんな台詞を、あんな状況で聞くことになろうとは夢にも思わなかった。
私はその日、親友が営む隠れ家的なカフェテラスの休みを利用して、店主と共に「月筍の掛け軸」
に記された場所へと宝探しに出掛けていた。
目的地に心当たりがあると言う店主の道案内に安心して観光を楽しんでいた私を後悔させたのは、
抜け道にと通った天然のトンネルがいつまでも終わらず、松明の灯りに照らされた店主の表情が
険しいのに気が付いた時だった。
「迷いましたか?」
「そうですね、迷ったと認めざるを得ません。以前来た時とすっかり変わってしまっています」
「気に病む必要はありませんよ。月筍は宝探しの一環でしかありませんし、こんなに広く複雑で
絵に描いたような洞窟を散策する方が楽しいかもしれません。念のためにここから地図を作って
於きましょう。」
湿っぽい洞窟内を彷徨い歩いて小一時間。そこは洞窟の最奥部にある行き止まりの一つだった。
突然視界が開けた。どこからともなく陽が射し、崖一面に広がるマンサクの花に白く反射し
地底湖の底まで届き、浮かび上がった朽ちた建造物が遺跡の一部であることを物語っていた。
暗闇を歩いて来た私たちの目が明るさに慣れる間もなく、その声は聞こえて来た。
「貴方が落としたのはそこの金色の槍ですか、それともこの銀の斧ですか?」
待ち切れませんでしたと言わんばかりの落ち着きのない声色と共に女神と思しき者が現れた。
ここはひとつ伝統に則って素直に答えることとしよう。
「どちらも私が落とした物ではありません。この10mはある槍はとても持ち歩ける大きさでは
ありませんし、その斧は誕生日ケーキの先端に飾るのがお似合いな程の可愛らしい小ささです。
どちらも洞窟探検には向きませんね。」
「あなたは正直者ですね。・・・ですが言い方が少し意地悪です。」
「ああ、ごめんなさい。隙を見せると付け入られてしまうのではと構え過ぎてしまいました。悪意は
ないのでお許しください。」
女神は気を取り直し、すまし顔で頷くとお約束通りに言った。
「正直に答えた褒美として金槍と銀斧の両方を授けましょう。」
「いいえ、受け取る訳にはいきません。貴方のご厚意を無下には出来ません、私達は何も落として
などいないのですから。」
「え?落としていない?そんな・・・。ちゃんと約束したのです。あの者は“すぐにでも
落とした者が現れることでしょう”と言ってくれました」
あまりの取り乱し様を気の毒に思う私の傍らで、店主は持ち前の面倒見の良さを発揮する。
「何があったのか話して頂けませんか?」
「わたくしは古来よりこの湖を守って来ました。
稀に訪れた人間がうっかり落とした物を拾ってやるととても喜ばれたものです。
ですがいつの間にか、わたくしの姿を一目見ようと訪れる者が増え、ついには小さな金属の円盤
を湖に投げ込み手を合わせるようになる始末。わたくしが拾うのをいいことに環境負荷物質を大切な
湖に投げ込むとは何事か、と戒めを込めて、湖の底に眠っていた似たような形の金属の塊を“貴方が
落としたのはこれですか”と突き返し続けました。
ですが何故か増々訪問者は増え続け、終いには湖の底の金属が綺麗に無くなりました。
すっきりしたと喜んでいたのですが、訪れる者がなくなって漸くわたくしは気が付きました。
その金属塊は人の心を動かすための資源であったことに。
それから長い時が経ち寂しく思っていた折に“その者”が現れ、言いました。
“その時代に合った落とし方というものがある。電子取引で競売に掛け落札させるのだ”と。
その為にはそれなりの手続きが必要なので、残っている全ての宝物を一旦預ける様に言われ、従いました。
その者は“すぐにでも落とした者が現れることでしょう”と言い置いて去りましたが、待てど
暮らせど訪れる者はいませんでした。
その後3年経って、ようやくあなた方が現れたという顛末です。」
「それはもしかすると、なけなしの宝を騙し取られたかもしれませんね」
女神は遣る瀬無い素振りを見せた後、私をじっと見つめる。
「本当に金槍と銀斧を受け取ってもらえないのでしょうか?」
「そうですね。頂く道理がありません。」
「これでまた金槍を貰ってくれる人を待たねばなりません。そんな日が本当に来るのでしょうか…」
ここで私は、女神の思惑が金槍にあることに気が付いた。
「成程、壮大な時間と手間をかけて金槍の貰い手を探していらっしゃったのですね。でもこの槍、
建物の装飾ですよね?絵に描いた餅並みに持ち帰るのは難しいですよ。」
「もちろん金槍は持ち出せません。それはこの竜神の里の門を守護する紋章なのですから。それを
受け取るということは、この洞窟全体の維持管理と人間社会との折衝を担うということです。」
ああ成程“激安のお城を買ったら巨大な維持費を巻き上げられた”体の話か。
「そういう事情でしたら、私にはその貰い手に心当たりがあります。連れて参りますので3日くだ
さい。そして更に条件があります。今後、竜神の里の皆さんを含め貴方がたは私達の相談に耳を
傾けてください。それと、この洞窟の入り口の場所は作り変えさせてください。」
突然の私の申し出に、女神は目を白黒させながらも少し考え快諾した。
すぐさま私達は館の迷宮を作った隠者を再び訪ね、竜神洞を館の迷宮【illust/85786977】の一部に加えてもらった。
これでもう二度と心無い輩が竜神洞を荒らすようなことは無いだろう。
人間の提案が腑に落ちた女神さまのお話。めでたしめでたし。
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Blender2.79(標準レンダー) + Photoshop
物語でよくありそうなそんな台詞を、あんな状況で聞くことになろうとは夢にも思わなかった。
私はその日、親友が営む隠れ家的なカフェテラスの休みを利用して、店主と共に「月筍の掛け軸」
に記された場所へと宝探しに出掛けていた。
目的地に心当たりがあると言う店主の道案内に安心して観光を楽しんでいた私を後悔させたのは、
抜け道にと通った天然のトンネルがいつまでも終わらず、松明の灯りに照らされた店主の表情が
険しいのに気が付いた時だった。
「迷いましたか?」
「そうですね、迷ったと認めざるを得ません。以前来た時とすっかり変わってしまっています」
「気に病む必要はありませんよ。月筍は宝探しの一環でしかありませんし、こんなに広く複雑で
絵に描いたような洞窟を散策する方が楽しいかもしれません。念のためにここから地図を作って
於きましょう。」
湿っぽい洞窟内を彷徨い歩いて小一時間。そこは洞窟の最奥部にある行き止まりの一つだった。
突然視界が開けた。どこからともなく陽が射し、崖一面に広がるマンサクの花に白く反射し
地底湖の底まで届き、浮かび上がった朽ちた建造物が遺跡の一部であることを物語っていた。
暗闇を歩いて来た私たちの目が明るさに慣れる間もなく、その声は聞こえて来た。
「貴方が落としたのはそこの金色の槍ですか、それともこの銀の斧ですか?」
待ち切れませんでしたと言わんばかりの落ち着きのない声色と共に女神と思しき者が現れた。
ここはひとつ伝統に則って素直に答えることとしよう。
「どちらも私が落とした物ではありません。この10mはある槍はとても持ち歩ける大きさでは
ありませんし、その斧は誕生日ケーキの先端に飾るのがお似合いな程の可愛らしい小ささです。
どちらも洞窟探検には向きませんね。」
「あなたは正直者ですね。・・・ですが言い方が少し意地悪です。」
「ああ、ごめんなさい。隙を見せると付け入られてしまうのではと構え過ぎてしまいました。悪意は
ないのでお許しください。」
女神は気を取り直し、すまし顔で頷くとお約束通りに言った。
「正直に答えた褒美として金槍と銀斧の両方を授けましょう。」
「いいえ、受け取る訳にはいきません。貴方のご厚意を無下には出来ません、私達は何も落として
などいないのですから。」
「え?落としていない?そんな・・・。ちゃんと約束したのです。あの者は“すぐにでも
落とした者が現れることでしょう”と言ってくれました」
あまりの取り乱し様を気の毒に思う私の傍らで、店主は持ち前の面倒見の良さを発揮する。
「何があったのか話して頂けませんか?」
「わたくしは古来よりこの湖を守って来ました。
稀に訪れた人間がうっかり落とした物を拾ってやるととても喜ばれたものです。
ですがいつの間にか、わたくしの姿を一目見ようと訪れる者が増え、ついには小さな金属の円盤
を湖に投げ込み手を合わせるようになる始末。わたくしが拾うのをいいことに環境負荷物質を大切な
湖に投げ込むとは何事か、と戒めを込めて、湖の底に眠っていた似たような形の金属の塊を“貴方が
落としたのはこれですか”と突き返し続けました。
ですが何故か増々訪問者は増え続け、終いには湖の底の金属が綺麗に無くなりました。
すっきりしたと喜んでいたのですが、訪れる者がなくなって漸くわたくしは気が付きました。
その金属塊は人の心を動かすための資源であったことに。
それから長い時が経ち寂しく思っていた折に“その者”が現れ、言いました。
“その時代に合った落とし方というものがある。電子取引で競売に掛け落札させるのだ”と。
その為にはそれなりの手続きが必要なので、残っている全ての宝物を一旦預ける様に言われ、従いました。
その者は“すぐにでも落とした者が現れることでしょう”と言い置いて去りましたが、待てど
暮らせど訪れる者はいませんでした。
その後3年経って、ようやくあなた方が現れたという顛末です。」
「それはもしかすると、なけなしの宝を騙し取られたかもしれませんね」
女神は遣る瀬無い素振りを見せた後、私をじっと見つめる。
「本当に金槍と銀斧を受け取ってもらえないのでしょうか?」
「そうですね。頂く道理がありません。」
「これでまた金槍を貰ってくれる人を待たねばなりません。そんな日が本当に来るのでしょうか…」
ここで私は、女神の思惑が金槍にあることに気が付いた。
「成程、壮大な時間と手間をかけて金槍の貰い手を探していらっしゃったのですね。でもこの槍、
建物の装飾ですよね?絵に描いた餅並みに持ち帰るのは難しいですよ。」
「もちろん金槍は持ち出せません。それはこの竜神の里の門を守護する紋章なのですから。それを
受け取るということは、この洞窟全体の維持管理と人間社会との折衝を担うということです。」
ああ成程“激安のお城を買ったら巨大な維持費を巻き上げられた”体の話か。
「そういう事情でしたら、私にはその貰い手に心当たりがあります。連れて参りますので3日くだ
さい。そして更に条件があります。今後、竜神の里の皆さんを含め貴方がたは私達の相談に耳を
傾けてください。それと、この洞窟の入り口の場所は作り変えさせてください。」
突然の私の申し出に、女神は目を白黒させながらも少し考え快諾した。
すぐさま私達は館の迷宮を作った隠者を再び訪ね、竜神洞を館の迷宮【illust/85786977】の一部に加えてもらった。
これでもう二度と心無い輩が竜神洞を荒らすようなことは無いだろう。
人間の提案が腑に落ちた女神さまのお話。めでたしめでたし。
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2022-01-14 18:31
Comments (10)
(続き)悪知恵を働かせる連中もこれにて一掃…ということで、「私」がまたまた大活躍な物語を今回も楽しませて頂きました! デジタルなミラクルワールドを抱擁するように、素朴な佇まいで静かに、淑やかに飾る湖畔の花が美しいです。
View Replies日本でも有名なお伽噺ですが……はて、誠実な人が贈り物を授かるという意味では大願成就だけれど、果たしてあの「私」や店主さんがそんなお伽噺の定番に沿う反応を簡単にするかしら……。こんな思いと共に物語の蓋を開ければ、大願成就しちゃったのは女神さまじゃないですか、これは(笑)。
→優穂さんならではの具象と抽象が溶け合う構成が絶妙です。
View Replies→有ったのか… 捨てるバカいれば、その中から金目の物だけ掠め取っていくワルもいるようで、世情に疎い女神様はヤラレっぱなし。嗚呼! そこに現れた『私と例の店主』コンビがやっと解決策を授けるとは。いい話だな~(^_^) 神さびた湖を取り囲み咲き乱れるマンサクの花。→
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