【PFSOZ】もしもし 亀よ【欺瞞の悪魔】
王都バラルへの襲撃に、民間人たちが誘導された避難施設。
恐怖と不安に身を寄せ合うそこで、ふいに一人の老年の男性が苦しそうに胸を押さえたのにシナノが気が付いたのは、偶然だった。
「お父さん!!」
次の瞬間、男性がばたりと倒れ、傍らにいた娘らしき女性が悲鳴を上げて縋り付く。
「どうした?!」
「病人だ!!誰か医療術の使えるエイリルの教団員を呼んでくれ!」
ざわつく周囲の中、医療術の使える教団員を探しに一人が飛び出していく。
「…おい、本当に病人か?」
「まさか例の死霊術師の術とかじゃ」
ざわ、ざわ、と不安と疑心に親子の周りから人が引いていく。
ドキドキと早まる鼓動の中、シナノの脳裏によぎるのは『前世』の記憶。
自分がハーピーとして生まれる前。ヘイセイと呼ばれた世界で、人間だったころ。
ああ、知っている。見たことがある。こういう光景を。
駅。そうだ、駅だ。
駅で、知らない男性が倒れた。あれは、そう。あれは。
「──退いて!!」
邪魔な人垣を押しのけて、飛び出した。後ろでカタリが自分の名を叫んだのを聞いたが、もしも、シナノの想像の通りであったなら事態は一刻を争う。説明している暇はなかった。
縋り付く女性すらも押しのけて、男性を仰向けにして肩を叩きながら呼びかける。
反応なし。
意識なし。
心音、なし。
男性の心臓の位置を図り、その上から両の翼を当てて垂直に(自分がハーピーであるという事は忘れない力加減で)まっすぐ体重をかけてドンッ!と心臓マッサージをする。
突然のシナノの行動に、半ばパニックを起こしていた女性が「何をするの!」と飛びかかろうとしたが、それをカタリが飛びついて止める。
「待って、シナノを信じて!!お願いします!お願い!」
片割れと女性の争う声を聴きながら、シナノはただ『前世』の記憶を思い出す。
たった一度。たった一度だけ、学校の講習で受けただけの『人命救助』。
今の自分に医療の心得はなく、いやしの魔法も使えない。
果たしてこの世界で、この行動が通じるのか。正しいのか。それすらも分からなかった。
ただ、あの時の言葉を思い出す。
リズム。そう、リズムだ。
心臓マッサージには一定のリズムが必要だ。
歌、歌だ。そう。
思い出せ、思い出せ。
「♪──もし、もし、か、めよ」
かめさんよ。
せかいのうちで おまえほど……
歌詞とは正反対の緊張感と力強さで、シナノの心臓マッサージは続く。
シナノの気迫に、周囲も息をのんでただそれを見守る。
ボタボタとこめかみから汗が落ちる。
何分経っただろう。シナノにとってはもう、一時間以上たったような気すらしていたが、実際には十分程度の時間だったらしい。
トン、と肩に触れられて、はっとシナノが顔を上げれば、頬に煤を付けたエイリル教団員らしき神官風の男性がシナノをまっすぐと見つめていた。
「ありがとう、お嬢さん。代わります」
ふらふらと男性に場所を譲り、後ずさってそのままバランスを崩して座り込むシナノを、カタリがすかさず抱え込む。
ぶるぶると震えるシナノの翼を、自分の翼で包み込み、ただ側に寄り添う片割れの柔らかさを感じながら、シナノは倒れた男性から目が離せなかった。
瞳を閉じた神官が、手を祈りの形に変え、男性の心臓に手を当てる。
柔らかな光がポワ…と滲むと、男性の体を包み込むように消えていく。
「う…」
「お父さん!!」
倒れた男性の瞼が震え、目を開いた。歓声の上がる中、それでもシナノは動けなかった。親子が神官と何かやり取りをした後、神官がこちらを見る。
ドキリと震えたシナノに気づいたのか、カタリが半身ほどシナノの前へと身を乗り出す。
こちらに近づいてきた神官を見上げながら、シナノは瞬きも出来ずに彼の顔を見上げていた。
「よく、私が来るまで処置をしてくれました」
私の医療術では、時間が空けば空くほど効果が薄まります。あのままでは、きっとあの方には何らかの後遺症が残ったでしょう。
けれど、今回はそれが無かった。
「だから、ありがとうございます。貴女の勇気に、感謝を」
柔らかく微笑んだ神官の向こう、遠くの窓から星が一筋流れていく。
ああ。
ああ。
嗚呼。
ボロボロとシナノの目から溢れ出した水滴に、神官がギョッとして、慌てながらタオルを持ってきますと飛び出していく。
双子のハーピーはいつだって、泣くのはカタリで、泣き止ませるのはシナノだ。
いつも、いつもそうだった。
でも。
周りの視線から隠すようにカタリがシナノの側に寄る。
「シナノ、」
「わた、私、ずっと、なんで、マカロニ姉さんたちみたいになれないんだろうって、おもってた」
「…うん、」
「こんな、こんな『記憶』が、『前世』があるから、わたし、じゅんすいなはーぴーになれないんだって」
「……うん、知ってたよ」
たのしいきおくも、うれしいきおくも、
ぜんぶ、ぜんぶ、つらくて嫌で悲しい記憶で潰れてしまった『前世』。
いやだった、苦しかった、辛かった。
だから、きっと『おわらせた』。
シナノにとって、ずっと、ずっと、余分だった『人生』だった。
けれど。
「わた、わたし、私の『前世』、無駄じゃなかったぁ……!」
ようやく泣けた。
一人ぼっちで死んだ『前世』の私。
何もかもを諦めて、途中で全部投げ出した『人間』の私。
要らないと思っていた。無駄だと思っていた。
でも。
きっと、『私』が居なかったら、動けなかった。
わんわんと生まれたての赤子のように泣く片割れに、カタリは寄り添い頷いた。
「みんな、ずっと知ってたよ。シナノ。シナノはシナノだよ。全部、全部、ひっくるめて」
「ぼくらの大事な『シナノ』だよ」
生まれてこの方、一つも泣かなかったハーピーは、前世の分までわんわん泣いて、泣いて、泣いて。
泣き疲れて、寝てしまうまで泣いていた。
泣き疲れて眠るその顔は、襲撃の夜に不似合いな、随分とすっきりとした顔になっていたそうな。
■お借りしました
非公式イベント:兆しの彗星【illust/103593725】
・ただ見ただけなんですけど、気持ち的に何か勇気とか気付きとかを得られたのかもしれない(ろくろ)
(スーパー自キャラファンタジア。シナノ編)
(※治癒魔法や治癒術に関しては行使する人によっていろんなことがまちまちで、現代社会ほど『心臓マッサージ』などの応急処置的な行為が一般の市民には知れ渡っていないという仮定の下に作成されたパラレルファンタジア作品となっております)
(※こちらの作品の表現は、創作として脚色してあり、実際の心臓マッサージなどの行動を行う際の参考にはなりませんので、ご注意ください)
■自キャラ:シナノとカタリ【illust/102664899】
名前だけ出てる:タマゴ売りのマカロニ【illust/102108160】
■企画元:【illust/101965643】
恐怖と不安に身を寄せ合うそこで、ふいに一人の老年の男性が苦しそうに胸を押さえたのにシナノが気が付いたのは、偶然だった。
「お父さん!!」
次の瞬間、男性がばたりと倒れ、傍らにいた娘らしき女性が悲鳴を上げて縋り付く。
「どうした?!」
「病人だ!!誰か医療術の使えるエイリルの教団員を呼んでくれ!」
ざわつく周囲の中、医療術の使える教団員を探しに一人が飛び出していく。
「…おい、本当に病人か?」
「まさか例の死霊術師の術とかじゃ」
ざわ、ざわ、と不安と疑心に親子の周りから人が引いていく。
ドキドキと早まる鼓動の中、シナノの脳裏によぎるのは『前世』の記憶。
自分がハーピーとして生まれる前。ヘイセイと呼ばれた世界で、人間だったころ。
ああ、知っている。見たことがある。こういう光景を。
駅。そうだ、駅だ。
駅で、知らない男性が倒れた。あれは、そう。あれは。
「──退いて!!」
邪魔な人垣を押しのけて、飛び出した。後ろでカタリが自分の名を叫んだのを聞いたが、もしも、シナノの想像の通りであったなら事態は一刻を争う。説明している暇はなかった。
縋り付く女性すらも押しのけて、男性を仰向けにして肩を叩きながら呼びかける。
反応なし。
意識なし。
心音、なし。
男性の心臓の位置を図り、その上から両の翼を当てて垂直に(自分がハーピーであるという事は忘れない力加減で)まっすぐ体重をかけてドンッ!と心臓マッサージをする。
突然のシナノの行動に、半ばパニックを起こしていた女性が「何をするの!」と飛びかかろうとしたが、それをカタリが飛びついて止める。
「待って、シナノを信じて!!お願いします!お願い!」
片割れと女性の争う声を聴きながら、シナノはただ『前世』の記憶を思い出す。
たった一度。たった一度だけ、学校の講習で受けただけの『人命救助』。
今の自分に医療の心得はなく、いやしの魔法も使えない。
果たしてこの世界で、この行動が通じるのか。正しいのか。それすらも分からなかった。
ただ、あの時の言葉を思い出す。
リズム。そう、リズムだ。
心臓マッサージには一定のリズムが必要だ。
歌、歌だ。そう。
思い出せ、思い出せ。
「♪──もし、もし、か、めよ」
かめさんよ。
せかいのうちで おまえほど……
歌詞とは正反対の緊張感と力強さで、シナノの心臓マッサージは続く。
シナノの気迫に、周囲も息をのんでただそれを見守る。
ボタボタとこめかみから汗が落ちる。
何分経っただろう。シナノにとってはもう、一時間以上たったような気すらしていたが、実際には十分程度の時間だったらしい。
トン、と肩に触れられて、はっとシナノが顔を上げれば、頬に煤を付けたエイリル教団員らしき神官風の男性がシナノをまっすぐと見つめていた。
「ありがとう、お嬢さん。代わります」
ふらふらと男性に場所を譲り、後ずさってそのままバランスを崩して座り込むシナノを、カタリがすかさず抱え込む。
ぶるぶると震えるシナノの翼を、自分の翼で包み込み、ただ側に寄り添う片割れの柔らかさを感じながら、シナノは倒れた男性から目が離せなかった。
瞳を閉じた神官が、手を祈りの形に変え、男性の心臓に手を当てる。
柔らかな光がポワ…と滲むと、男性の体を包み込むように消えていく。
「う…」
「お父さん!!」
倒れた男性の瞼が震え、目を開いた。歓声の上がる中、それでもシナノは動けなかった。親子が神官と何かやり取りをした後、神官がこちらを見る。
ドキリと震えたシナノに気づいたのか、カタリが半身ほどシナノの前へと身を乗り出す。
こちらに近づいてきた神官を見上げながら、シナノは瞬きも出来ずに彼の顔を見上げていた。
「よく、私が来るまで処置をしてくれました」
私の医療術では、時間が空けば空くほど効果が薄まります。あのままでは、きっとあの方には何らかの後遺症が残ったでしょう。
けれど、今回はそれが無かった。
「だから、ありがとうございます。貴女の勇気に、感謝を」
柔らかく微笑んだ神官の向こう、遠くの窓から星が一筋流れていく。
ああ。
ああ。
嗚呼。
ボロボロとシナノの目から溢れ出した水滴に、神官がギョッとして、慌てながらタオルを持ってきますと飛び出していく。
双子のハーピーはいつだって、泣くのはカタリで、泣き止ませるのはシナノだ。
いつも、いつもそうだった。
でも。
周りの視線から隠すようにカタリがシナノの側に寄る。
「シナノ、」
「わた、私、ずっと、なんで、マカロニ姉さんたちみたいになれないんだろうって、おもってた」
「…うん、」
「こんな、こんな『記憶』が、『前世』があるから、わたし、じゅんすいなはーぴーになれないんだって」
「……うん、知ってたよ」
たのしいきおくも、うれしいきおくも、
ぜんぶ、ぜんぶ、つらくて嫌で悲しい記憶で潰れてしまった『前世』。
いやだった、苦しかった、辛かった。
だから、きっと『おわらせた』。
シナノにとって、ずっと、ずっと、余分だった『人生』だった。
けれど。
「わた、わたし、私の『前世』、無駄じゃなかったぁ……!」
ようやく泣けた。
一人ぼっちで死んだ『前世』の私。
何もかもを諦めて、途中で全部投げ出した『人間』の私。
要らないと思っていた。無駄だと思っていた。
でも。
きっと、『私』が居なかったら、動けなかった。
わんわんと生まれたての赤子のように泣く片割れに、カタリは寄り添い頷いた。
「みんな、ずっと知ってたよ。シナノ。シナノはシナノだよ。全部、全部、ひっくるめて」
「ぼくらの大事な『シナノ』だよ」
生まれてこの方、一つも泣かなかったハーピーは、前世の分までわんわん泣いて、泣いて、泣いて。
泣き疲れて、寝てしまうまで泣いていた。
泣き疲れて眠るその顔は、襲撃の夜に不似合いな、随分とすっきりとした顔になっていたそうな。
■お借りしました
非公式イベント:兆しの彗星【illust/103593725】
・ただ見ただけなんですけど、気持ち的に何か勇気とか気付きとかを得られたのかもしれない(ろくろ)
(スーパー自キャラファンタジア。シナノ編)
(※治癒魔法や治癒術に関しては行使する人によっていろんなことがまちまちで、現代社会ほど『心臓マッサージ』などの応急処置的な行為が一般の市民には知れ渡っていないという仮定の下に作成されたパラレルファンタジア作品となっております)
(※こちらの作品の表現は、創作として脚色してあり、実際の心臓マッサージなどの行動を行う際の参考にはなりませんので、ご注意ください)
■自キャラ:シナノとカタリ【illust/102664899】
名前だけ出てる:タマゴ売りのマカロニ【illust/102108160】
■企画元:【illust/101965643】
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2022-12-17 11:25
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